スイートなメモリー
店全体を照らす青い照明。
壁には水槽がしつらえてあって、その水槽の中には無数のくらげがうごめいている。
水槽の中を照らす赤い照明が、白いくらげに反射して桃色の影を作る。
俺の目の前には、なにか話そうとしてはそれをやめてシャンパングラスを傾け続ける前崎係長。
その頬が少し赤く見えるのは、酒のせいなのかそれとも照明のせいなのか。
俺はというと、飲みに誘って了承してもらえたのはいいものの、こんな雰囲気の店に連れてこられて若干気後れしている。
すみません、居酒屋くらいのつもりでいたんです。
「三枝君は」
「はいっ」
やっと口を開いてもらえたので嬉しくて返事にも力が入る。
前崎係長が驚いた顔をしながら続ける。
「や……くらげ、好きじゃなかったかなと思って」
壁の水槽に目をやった。
震えるように上下するたくさんの小さなくらげ。
「私ね、くらげ好きなの。なんかふわふわしてて可愛いなと思って。そんなにしょっちゅう来られる訳じゃないんだけど、くらげ見ながらごはん食べられるからここ好きなのよ」
サラダが運ばれて来たので、前崎係長のために取り分ける。
彼女がまた驚いた顔をした。
「ごめんなさい。取り分けてもらっちゃった」
「気にしないで。俺もくらげ嫌いじゃないです。ふわふわして小さいものは可愛いと思う」
カトラリーボックスの中から、サラダ用のフォークを取り出しナプキンと一緒に前崎係長に手渡す。
「はい、落とさないようにしてくださいね」
前崎係長が小さく頬をふくらませた。
「そんなにドジじゃないわよ……ありがとう」
やべえ。かわいい。
「急に誘ったのにこんなちゃんとした店選んでもらってすみませんでした」
「イヤなら帰っていいわ」
「どうしてそういうこと言うの!」
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