スイートなメモリー
時折、喫煙所に行って芹香さんと話ができないか機会をうかがってもみたのだが彼女は、俺とは会わないようにしているようだった。
避けられているのかしら?
土曜日の朝は楽しそうに帰って行ったから、きっと嫌われてはいないと思う。けれど不安になる。
次はあるんだろうか。
昼休みにメールを送りたいと思ったり、芹香さんからメールが来ないだろうかと思って何度も携帯をいじっていたが、送ることもできなかったし、芹香さんからのメールが届くこともなかった。
焦ってはいけないのだと思う。わかってる。
社内恋愛なんて慎重にならなきゃいけないのも理解している。
けれど焦る。
自分が彼女から気に入られなかったのではないかと不安になる。
学生の頃、たいがいの女は付合うことになったり、一夜を共にした後は手のひらを返したように「私は学人くんとつきあってるんです」オーラを周囲にだだもらしにしていたものだ。
それがなんだ。
昨日も今日も何も変わりありません、違うのは気温くらいじゃないのみたいなその態度。
これが大人の女か。
こないだは俺にあんあん言わされてたクセに!
これじゃまるでこっちがすごく惚れているみたいじゃないの。
奴隷にしたい、かしづかせたい、学人様と呼ばせてみたいと思ってるのに、現実は全然それとはほど遠くて、俺は振り向いてほしくて構ってほしくて、仕事を一生懸命頑張ってる。
「三枝君」
「はいなんでしょう!」
呼ばれたので、嬉しさを隠せずに返事をする。
黒いセルフレームの眼鏡の下で、彼女の眉が不機嫌そうにゆがめられた。
「さっき送ってくれたテキスト、早くくれたのはいいんだけど、数ページ分くらいまるで修正が反映されていないところがあるから見直してもらっていいかしら。どこを修正したらいいのかわからないなら聞いてちょうだい」
慌てて見直したら、確かに手つかずのところがあった。
隣の席の奴が声を出さずに笑っているのがわかる。
自分の不出来さが腹立たしくなる。
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