スイートなメモリー
美咲が、カウンターへ小走りに向かい、俺の伝票と電卓を取ってテーブルへ戻ってくる。
今日の飲み代が表示された電卓と共に差し出されたシルバーの皿の上に、俺は千円札を二枚投げ出した。
雪花さんも立ち上がり、俺の側へ歩み寄る。
ぶたれるのかと身構えたが、雪花さんは俺を優しく抱きしめた。
「学人さん。なにがあっても受け入れて。私はいつもここにいるから。学人少年がここでなにを話して、なにを夢見ていたか、私はずっと見て来たから」
抱きしめ返すのもためらわれ、俺は雪花女王のなすがまま。
解放された時には、俺のいらだちは解消されていた。
なにがあっても受け入れて、か。
四○四を出る時に見送ってくれた美咲の言葉も思い出す。
「そのメール、ちゃんと返信してあげてくださいね。私、なんとなくですけど彼女の気持ちわかるような気がするんです」
駅へ向かう途中で雨が降り始める。
傘を持っていない俺は濡れたまま。
浮かれたりむっとしたり訳がわからない感情に流されていた時間を冷やすにはちょうどいいのかも。
電車に乗っても座る気分にはなれなかった。
ポケットから携帯を取り出して、返信を打ってみる。
「芹香さんがなにを不安に思っているかはわからないけど、明日は会えるようにする」
それしか返せなかった。
それが、余計に芹香さんを不安にさせているなんてまるでわからずに。
女王だろうが奴隷だろうが、結局女の気持ちなんて、男の俺にはわからないのだ。







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