スイートなメモリー
俺は無理矢理に話題を変える。
「そういえばさ。会社で女王って言われてる人がいるんだけどね」
「ふうん。女王様っぽいの?」
「つうか……係長なんだけどさ、しょっちゅう部下を叱るから係女王様ってあだながついてる」
雪花さんがアイスティーを吹き出しそうになる。

「かかりじょおうさまっ! なにそれっ! 面白いんだけどっ!」
ツボに入ったのか、他に客がいないことも手伝って、すっかり素に戻ってしまっている。
「学人くん学人くん。ちょっとそれ話してよ」
「雪花女王様、話し方が女王らしくないですよ」
「いいよいいよもう。今日だれもいないし。で? その係女王様に学人くんは怒られっぱなしなわけ?」
「なんでそうなる? ていうかなんで分かる?」
「ああやっぱそうなのか。学人くん頼りなさそうだもんねー」
「失礼な……。ちゃんと入社試験に合格して日々仕事をこなしているというのに」
「でも正直言って学人くんは仕事あんまりできなさそうに見える」
「やっぱそうなのか……。やる気のなさがにじみ出るんだろうな」
 俺は、幼女のように屈託なく笑う雪花さんを相手に、前崎係長から日頃どのように叱られているかを面白おかしく話してやった。

「すごいきちんと仕事する人なんだー」
「ああ。そうですね。仕事は丁寧かつ迅速。そして人にも完璧を求める。だから人の失敗を厳しく追及する」
「プライベートってどうなんだろね」
前崎係長のプライベート……。正直想像がつかない。
「あんまり趣味とかないんじゃないかしら。おしゃれとかもしないみたいだし」
「案外さー。古典的かもしれないけど、眼鏡はずしたら美人! とかかもよ」
「ああ、不細工じゃないと思いますよ。化粧品メーカーなんだし、もっときちんとメイクすればいいのにとは思う」
肌も綺麗だしね。
今日そばに寄られた時に見た前崎係長の肌を思い出す。
同期入社の女子社員よりもずっと綺麗な肌だった。
「あらやだ。学人くんてば年上趣味ー?」
「いやいやいや。そういうことじゃなくて。上司としてきっついことには変わりないから」
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