スイートなメモリー
ソファの前のローテーブルに、ジンライムと雪花さんのアイスティーが置かれ、彼女はテーブルを挟んで俺の向いのソファに座った。
「学人さんがスーツにネクタイなんて、なんだかまだ慣れないわ」
「もう半年にもなるのに。俺だって立派な社会人ですよ」
「立派な社会人がこんなところになにをしに来たのよ」
雪花さんは、壁につり下げられている乗馬鞭を手に取って、テーブルの向こう側から俺の膝を軽く打つ。
「俺はM男じゃないって何度言ったら」
「いつかM転するかもしれないじゃない」
「俺は女の子を苛めるのが好きなの。いつかここにもマイ奴隷を連れてくるんだからっ」
ソファの横にはテーブルが置いてあり、そこにも雪花さんのコレクションである球体関節人形が数人座っている。
俺はそのうちの一人を抱きかかえ、その首に嵌められた黒い革の首輪を外して人形をまたテーブルに座らせる。
「そのうちそれを自分の首に嵌めるようになるわよ」
雪花さんがそんな意地悪を言う。
「なりません。あ、ちょっと。人の物になに勝手なことしてんの」
首輪は犬のリードのように、後ろにチェーンをかける輪がついているのだが、その輪にキャラクターもののストラップとともに「まなとせんよう」と書かれたネームタグがつけられていた。
雪花さんが笑う。
「私じゃないわよ。懐かしいわね。高校卒業したばかりの学人少年がその首輪を持って、奴隷が出来るまで預かってくれって言ったのも今は昔か」
そう。
この首輪は俺が産まれて初めて行ったアダルトショップで購入したもので、この店はSMサイトで見つけて恐る恐る訪れたいわゆるSMバーという奴だ。
大学生になってから色々なSMバーを訪れたり、時にはSMクラブでプレイをしてみたこともあったが、いまいちしっくり来ず、結局はここに落ち着いている。
「学人少年も立派に大人になりました」
「で、奴隷は?」
「まだできません……」
照れ隠しにジンライムを勢い良く飲む。
それを見て雪花さんがにやにやと笑っている。
「学人さん、モテないわけじゃないでしょう?」
「まあ大学のころはそこそこ女遊びもしたし、今も会社の女の子から飲みに誘われたりするけどさ」
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