スイートなメモリー
一緒にいるうちに学人さんが欲しくてたまらなくなって、自分から家に誘ってしまった。
電車の座席に並んで座って、私は何も話せないでいた。学人さんも話しかけてこない。
私はじっと黙ったまま、なぜこうなったかのきっかけを反芻するように思い出す。
学人さんに対して、私はなんとなく引け目を感じていた。
それは主に仕事上の立場のことであって、お付き合いを重ねて行っても私が学人さんの上司であることには変わりない。
そして、私が細かいことで部下を叱る「係女王様」であることにだって変わりはなくて、どうしたって学人さんが仕事でミスをしたら、私はそれを注意せざるを得ない。
学人さんを気にするあまりに、叱り方が甘くなったりして、周りから二人の関係について勘ぐられたりしたらどうしよう。
それを恐れて、私は仕事上では学人さんに対して若干キツく接するようになっていた。
学人さんは周りの同僚から「お前いったいなにしたの? 係女王様は三枝に対してちょっと厳しくない?」と言われたそうだ。
そんな私の態度に、学人さんも始めのうちはかなりカチンときていたようだ。あからさまにふてくされた態度を取ったりして、ますます「前崎係長と三枝はそりが合わない」と周囲に認識される。
それでも、仕事以外のことでは学人さんから嫌われたくないと懸命になっていた。
格好や化粧も女らしいものに少しづつ変えていたし、学人さんからのメールを待ったりせずに自分から食事やお酒に誘ったりもした。
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