スイートなメモリー
学人さんの携帯が鳴ったのと同時に、私のご主人様は私の中で果てた。
「やっば! アラーム付けておいて良かった。走れば終電間に合う」
学人さんは、慌てて身支度をしながら、私を抱き起こす。
「ごめんね、このままにしていっちゃうけど、怒らないでね?」
「泊まって行かないの?」
「だって部屋にいれたくなかったんでしょ。芹香さんがイヤなら無理強いしたくないから今日は俺帰るよ」
まだ快感にぼんやりしている私の額にキスをして、学人さんは出て行った。
私は、泊まって行っても良かったのにと、彼の気遣いを無視するような勝手なことを思いながら、それでもその気遣いがとても嬉しくて、学人さんが私のご主人様で本当に良かったと思った。
玄関先で座り込んだまま、部分的に破かれたストッキングを脱ぐ。汗と体液にまみれたそれを手にしたまま、私は余韻に浸る。
玄関先に投げ出されたバッグから、携帯が震えながらこぼれ落ちた。
学人さんからのメール。
良かった。終電に間に合ったんだ。
件名「今日はありがとう」
本文「芹香は、俺のものだよ」
嬉しくて、涙が出た。
学人さんを好きになったことに、不安が無いと言ったら嘘になる。
身体に溺れているだけなんじゃないかと思うことだってある。
これまで気にしてこなかったような「女らしくすること」「好かれようとすること」に自分が振り回されているのもわかってる。
けれども、学人さんを感じることで安心できるのも間違いの無いことで。
私でいいのだろうか、と思いながら、彼には私でなければ、とも思う。
いいや違う。
私が、学人さんを求めているのだ。
私は、学人さんに隷属することで、相手にすべてをゆだねた安心感を得ているんだ。
だから私は、彼を試すようなことをして、わざと怒らせるようなことをして、それでも彼が私を罰してくれると、見捨てないでいてくれると、信じているんだ。
隷属って、安心だったんだ……。
自分の身体のあちこちに残された、学人さんのしるしを撫で擦る。
学人さんを好きだと自覚して、ご主人様と呼び慕って隷属して安心感を得ることが、自分の劣等感を強いものにしていくことに。
私は、この時少しも気づかなかった
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