渇望の鬼、欺く狐
#01 赤子
 辺りが夕焼けに染まる。

 木々を撫でる風は今日も心地良い。

 いつもと変わらぬ景色の中。

「それ」は景色に溶け込む事もせずに、異常な程の存在感を放出していた。

 近付けば近付く程に、「それ」の発する泣き声が耳を響かせる。

 ついに眼下にまで距離を詰めた「それ」――赤子は、こちらの様子など気にする事もなく大声で泣き続けたまま。

 小汚い布がいくつもつぎはぎされたお包みと、その隙間から覗く赤子の着物もまた、つぎはぎだらけである事がわかった。

 大方、生活に困窮した人間が、自らの赤子を捨てたとそういう事なのだろう。

 人間のする事になど興味はないが、人の縄張りにこんな大声を出す物を置き去りにされる事は、どうにも迷惑だと思えてならない。

 未だ耳に煩い泣き声に、一つ息を吐く。

 どうせ、こんなぼろきれに包まれただけの体では、きっと夜が明けるまでには勝手に息絶える。

 頭では、そんな事を考えながら。

 無意識に体はしゃがみ込み、赤子の頭を撫で付けていた。

 顔面を涙でぐちゃぐちゃにしながら、ようやくこちらに視線を向けた赤子。

 口からは再度溜息が漏れ落ちて。



「……ほら、泣くんじゃないよ」



 地面に直接置かれたその体を、お包みごと持ち上げた。
 

 
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