月夜の翡翠と貴方
それは、先程の様子など微塵も感じさせない、屈託のない子供の表情で。
「………………」
私はおもむろに、ベンチから立ち上がった。
父親は息を切らし、駆け寄ってきたスジュナの頭を撫でている。
ルトが時計を見ながら、彼に声をかけた。
「おっさん、早くね?あと三十分は公演続いてると思うんだけど」
「あ…劇場内がだいぶ落ち着いたので、頃合いを見計らってこっそり抜けてきました」
私は裏方なので、と情けなさそうに男は笑う。
……娘の迎えに、隠れてこそこそと来ている。
ルトは怪訝そうな顔をしながら、男を見つめた。
そんなルトに気づかないのか、男は深々とこちらへ頭を下げた。