淫靡な蒼い月

歪んだ掌



「久し振りですね」


あたしの背中を掌で撫でながら、彼が言った。


「仕事が忙しくて……こってますか?」


アジアンチックな内装の、そんなに広くない部屋の寝台に横たわって、あたしは少し遠慮がちにそう尋ねた。


「ええ、肩と背中の筋肉が張ってます。首も硬い。頭、痛くないですか?」


「頭痛薬が手放せません……」


若干情けない色をつけて、そう舌に言葉を乗せると、彼の掌が、くすりと笑った。


「仕方ないですね。でも、駄目ですよ。ああいう類いはそのうち、耐性がついて効かなくなりますから」


「はい……」


彼の大きくて暖かな掌が、首元から肩先へと滑る。


「今日は全体的にほぐしておきましょう」


そう言うと、彼の掌に圧がかかり、あたしは思わず呻いた。


「痛いです?」


「いえ」


――違う。


痛くて声を出したんじゃない。


その掌が触れた場所が、際どかっただけ。


心を侵食されるような掌が、好き。


一時間にも満たないこの時の中、あたしは閉じたまぶたの裏で、歪んだ欲望にとらわれる。


彼の掌が腰を押し、指で筋肉を揉みほぐす。


アブナイ部分がジワリと熱を持った。


――違う。本当に触れてほしいのは、そこじ
痰ネい。


脇と寝台の間へと、その掌を忍ばせて、熱い柔肌を、味わってほしい。


そしてあたしにも、彼を味合わせてほしい。


「緊張してます?」


「えっ、大丈夫です」


背中を撫で続ける掌に妄想しているところへ、突然、そう声をかけられ、必要以上の大声になり、頬に朱がさす。


羞恥の極み――





「逢いたかった」


彼の掌が突然、望むべき場所へと伸びた。


「ずっと、待っていたんですよ……。あなたが、来てくれるのを」


優しい声色とは裏腹に、掌は激しく柔肌を揉みしだく。


「僕のも触って――」


彼の掌が、あたしの小さな掌を導いた。


そこには、互いに長い間、歪んでいた欲望の熱い塊が、あった――。




< 39 / 67 >

この作品をシェア

pagetop