シャクジの森で〜青龍の涙〜
長椅子に座っている者がそれを受けて、愉快気にクックックと笑う。



「まさに、古き伝承通りというわけだ。語り継がれるものとは、概ね間違いがないものだ」

「全く、その通りですな」



二人とも、妙に楽しげにしている。

あの、外の異変を知らないのだろうか。

国境の雲が街を覆っている、あの異変を。

外から入って来た自分とはあまりにも違う雰囲気に、若者は戸惑いを見せる。


違う集まりに来てしまったのか。

事はもっと深刻ではないのか。

このお方たちは―――


若者は、懐の中をぎゅっと握った。



「まあ此方に座れ」



着席を促すのんびりとした雰囲気は、やはり知らないのだろうと確信できた。

ならば。



「あの、そんなことより、外が大変なのです。説明するよりも、兎に角見て下さい。外へ――」



外で感じて来たことを分かって欲しいと懸命に皆を促す若者を「落ち着け」と一声で黙らせ、長椅子に座っていた者が立ち上がった。

そのままスタスタとテーブルに近づく。



「それならば分かっているのだ。見ろ、これを」



そう言って、テーブルに乗っていた黒い布を勢いよく取り払った。

そこには、黒っぽいモヤに染まった玉が乗っている。



「それは・・?」



若者は、そのまま絶句してしまう。


何がどうなって黒くなっているのだろうか。

目を凝らしてよく見ると、黒い霧のようなものが渦を巻いて不気味に蠢いている。

どう贔屓目に見てもいい現象とは思えない。

けれど、皆の様子は嬉しげで・・・。



「心配ないのだ。これは、我等が長年求めてきたものだそうだ。止まっていた時が、動き始めた印なのだ」

「・・・これがですか?この不吉に見えるものが?」



若者は信じられない気持ちで玉を見つめた。

良き前兆とは、もっと奇麗なものではないのだろうか。



「はい。そうで御座います。かの力は強く尊い。ゆえに一旦動き出せば成るように成っていく。強きには逆らえず皆が膝をつき頭を垂れるのと同義。それがモノの理というものですぞ」



隙間もないほどに黒灰色に染まった玉を、しわがれた手が一撫でする。

と、清んだ光のようなものが、モヤをうち破るようにくねくねと立ち上っていくのが映った。




「おお!見なされ!やはり!これはもう、誰にも止められませんぞ!」



しわがれた声で叫ぶようにそう言って、ウッヒャヒャと愉快げに笑う。

その周りから玉を覗き見る皆の顔が、目映いほどの青白い光に照らされた。
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