シャクジの森で〜青龍の涙〜
「職人は“古びてはいるが仕掛けはどこも壊れていない”と言うんだ」

「それでも・・正常に動かず、か。やはり、作った本人でないと直せぬのか・・・」

「あぁ、そうだな。だが、職人は既にこの世にはいない。この事実をアニスに話しておくよ。で、彼女の言っていたことは本当だったかい?」

「あぁ、調査結果がここにある。君も目を通しておいてくれ」



パトリックは書類をさっと一読し、目を上げた。



「予測通りの結果だな。で、どうするんだ?このまま、というわけにもいかないだろう」



アランは、再び窓の外を見やった。

エミリーの姿はもう見えなくなっている。



「そうだな。私の考えは―――――――」











アランが執務室の中で一つの決断を下そうとしている頃、エミリーはモルトと一緒に薔薇園の前に来ていた。

蔓の絡まったアーチには若葉が茂っているだけで、まだ花は咲いていない。

けれど、そこかしこに見られる小さな蕾はこれからの美しさを予感させて、エミリーの心を浮き立たせていた。



「とてもかわいい蕾がたくさんあるわ。いつごろに咲くのかしら・・・とても楽しみだわ」



アーチを潜りながら呟けば、モルトがにこにこと笑みながら答える。



「そうですなぁ。エミリー様がこの国に来られたころに満開でしたから・・・まだまだ先ですな」

「そう。そういえば、そうだったわね」



うふふと笑いながら言葉を返し、エミリーは初めて薔薇園に来た時のことを思い出した。

わくわくと弾む気持で辿り着き、わっと目に入ったこのアーチの美しさに、とても感激したのだった。

あの時、メイドに扮して内緒でこっそりとここに来て、とても気分よく過ごしていたのに、暴漢におそわれたのだった。

パトリックに助けられて何とか無事だったけれど、暫くは怖ろしさが抜けなかった。



―――そういえば。あのメイド服は、まだあるのかしら―――


水瓶を持った乙女の噴水を通り過ぎれば、遥か向こうにレンガ造りの小屋が見える。

あそこも、大切な場所の一つ。

パトリックに想いを告げられて唇を奪われたのも、アランに想いを告げてしまったのも、あの場所だった。

怖い思いも、胸が苦しい思いも、今は、思い出となってエミリーの胸の中に収まっている。

今年は、どんな思い出が出来るのだろうか。



―――なんだか、素敵なことがたくさん起こる気がするわ―――


まだ蕾が多い薔薇園の中を、気の早い小さな蝶たちが、そこかしこをひらひらと舞う。

それを見たシャルルの瞳がらんらんと輝き、軌跡をじーっと追いかける。
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