シャクジの森で〜青龍の涙〜


エミリーは、アランの服から手を放し、再び外に出て行く背中を見送った。


まだ、身体が震えている。

胸のドキドキも止まっていない。

剣を打ち合う音も耳に残っている。



馬車の入口に立っていたアランは、とても怖いお顔をしていた。

普段よく見ている、叱るものとはまったく違っていた。

アランは、闘う男の顔をしていた。

命をかけた、戦い。

秩序のない場所を旅するのは、本当に危険なのだと、エミリーは改めて実感したのだった。





程なくしてアランが馬車に戻り、旅は再開された。

怪我をしたのは二人の兵士のみで、其々腕と脚のかすり傷程度で済んだと、アランは説明した。


エミリーは出来るだけアランの方に身体を寄せていった。

すると、逞しい腕の中に入れてくれる。

しっかりとした安心感に包まれ、さらに知らないうちに天使の気を放って疲れていたため次第に瞼が重くなり、いつしか深い眠りに落ちていた―――



そして、次に目覚めたのは、ヴァンルークスに入国した後だった。



「エミリー、起きよ・・・もうすぐ宿に着くゆえ」



頬にひたひたと触れる掌のあたたかさを感じ、エミリーはゆっくりと瞼を開いた。



「・・・はい・・もう、着いたのですか?あの・・難所は?」

「もう、通りすぎたゆえ、安心せよ」



“風の国”の名前の由来の一つになっているという難所。

それを感じることもなく、エミリーはすやすやと眠ってしまっていたのだった。

馬車の中の灯りが点されていて、窓の外はもうすっかり暗くなっている。


国に入る前の景色の移り変わりも噂の難所も、すべて見逃してしまったのを、エミリーは少し残念に思っていた。




「帰路で見れば良い。だが、難所は、かなり怖ろしいものだぞ。ある意味、賊よりも怖ろしいのだ」


自然の力は侮れぬ。

そう言ってアランが微笑むと、丁度馬車は止まり、馭者が扉を開けた。



「ご苦労。ゆるりと体を休めよ」



アランと共に降り立ったそこは、冷たくて強い風が吹いていた。
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