新撰組のヒミツ 弐
――下手人は姿を消していた。
「先生……先生……!」
目の前には親兄弟以上に慕った師が、鮮血に塗れて伏せっている。光は震える手を師に伸ばし、大量に血が流れ出る傷口を直接抑えて止血を試みた。
指と指の間から血がにじみ出てくる。日本刀で斬られたのだ。このように大きな傷口を直接止血するのは不可能に近かった。
「やだ……先生、死なないでよ……!!」
大切な存在が死に逝く様を、光は大粒の涙を流す瞳で食い入るように見つめる。何事も見過ごさないという強い気持ちで。
師は自分を救ってくれたのに、自分は何も師に出来ることがない。そんな絶望の無力感に囚われながらも、光は必死に頭を働かせていた。
(押さえて止まらなかったらどうするの? 背中の傷は、傷口以外にどこを押さえればいいの……!?)
腕や足なら分かる。心臓に近い太い血管が走っている場所を縛ればいいのだから。だが、背中の場合はどこを押さえればいいのだろうか。光に医療の知識は無い。
こうしている間に師の命は失われていく。光にはどうしようもなかったが、医者を呼ぶにしても、その間に失血死してしまうに違いない。
或いは傷口を縫うか。
そんな考えが浮かぶが、この家にはそのような道具は無いのだ。男所帯だったためか、医療道具は勿論、細々した裁縫道具すら無い。
八方塞がりになった光は、うつぶせに倒れている師の横顔を見下ろした。血の気が失せて、いつもの白い顔が更に白くなっており、光は彼の手にそっと触れる。
死に向かっているとは思えないほど温かい。それは死者ではなく、生者の温もりであった。心臓も、脳も、器官もまだ生きている。
「先生……目を開けて下さい……先生」
祈りが通じたのだろうか。師の片瞼が震えた。横顔しか見えないが、確かに師は意識を取り戻したのだ。
「――先生……!」