新撰組のヒミツ 弐
未だ悲しみの渦中にいる光は、かねてより懇意にしていた寺に師の墓を建てた。光の金ではなく、師の遺した金であり、最後まで彼のために使うべきだと思ったのだ。


矢武鹿助の名前と共に、法名が刻まれた墓に線香を立てて手を合わせると、光は堅く目を瞑る。


瞼から透ける光すら暗く塗りつぶすと、闇の中で漂っている錯覚に囚われた。


「先生……」


呟きと共に瞼が開かれる。彼女の目には、悲しみの黒と復讐心の赤が映り、まるで烈火のごとく激しく燃え盛っていた。


「あたしは……貴方を死に追い詰めたあの男を赦しません。必ず天誅を下します」


答えは無い。墓石に刻まれた彼の名前を見下ろすと、戒めや決意のように、ぽつりぽつりと言葉に憎しみを乗せて呟くのみ。


心情が外に染み出たかのような黒い着物を纏い、泣き腫らしている陰気で鋭い目が、煙の立ち上る線香をぎろりと捉えた。


葬式のような焼香の臭いを嗅ぐと、師がこの世に存在しないことを思い知らされる。今の光にとって、嗅覚だけでなく全てが敵だった。


師の死は、これまでに経験した身内の死よりも遥かに恐ろしく、悲しく、辛く、憎い。復讐を望んでしまうほどに。


「あの男に貴方と同じ痛みを与えます。
ずっと……ずっと苦しめばいいんです。

貴方を傷つけた人間は、それ以上の苦しみを味わうべきなんですよ。貴方を傷つけた人間が生きているなんて……。

……吐き気がする」


血反吐を吐くように繰り返す。


師を守るということから、師を殺した男への復讐を遂げることが生きる目的とすり替わる。光はそれを当たり前だと思い、そして仇を討たなければならないとまで思い始めていた。


「……先生、あたしは生きます。貴方の仇を取るまでは、絶対に死にません。待っていて下さい。次に貴方と会えた時には――……」


口まで出掛かった言葉を飲み込む。不確定な未来をいくら語ろうと、それは仮定でしかないと気付いたのだった。


最後に墓を見つめると、背中を向け歩き出す。既に彼女には、弱さの欠片もなく、ただ決意だけを胸に秘め、寺から姿を消した。



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