新撰組のヒミツ 弐
光たちは近藤に付き従い、池田屋のある三条の木屋町筋方面を探索する。ここには藩邸が多く立ち並び、周りには多くの料亭や旅館、茶屋がある。


池田屋が外れであった場合、それぞれその周辺にある多数の宿や旅館をしらみつぶしに捜索することになっている。


裏口を塞ぎ、突入し、部屋の隅々まで調べる。そんなことを沢山の店でやれば、新撰組に対する評価は”壬生狼”以上に失墜する。皆、池田屋か四国屋であれ、と願うばかりである。


ふと、光は空が明るいことに気付き、空を見上げた。ぽっかりと空にあいた今晩の月は、実に凶暴な色をしている。


(私も、あんな目をしているのだろう)


血塗られた、だが心を奪われる紅の月が、地面を駆けずり回る狼たちを見下ろしていた。


暫く行くと、ある一つの旅館の前で近藤が立ち止まった。皆、音もなく足を止める。と同時に暑さで汗が噴き出してくる。ついに池田屋に到着したのだ。


辺りは静まり返っている。


「まず、私が最初に入る。そして、こちらが当たりであれば、突入するんだ。先鋒は前にも言った者だ。他の者たちは、店を包囲し、裏口と裏庭を固めてくれ。裏口からすぐの所にある藩邸に逃げ込まれてはどうしようもないから」


近藤は隊士たち全員の顔を見渡し、小声で告げる。彼は全員が頷くのを確認して、池田屋の入り口に歩いていく。その間、店を取り囲む者たちは辺りに散らばった。


「安藤」


光はその中に緊張している背中を見つけ、歩み寄る。振り返った安藤は案の定強張った顔をしていた。巡察とは違う異様な雰囲気に呑まれているのかもしれない。


「大丈夫、いつも通りのことをするだけだ」


光は安心させるように彼の肩に手を置いた。そして、できるだけ優しい目をして、彼の目を見つめる。


安藤は少し安心したように息を吐き、いつものような底抜けに明るい笑顔で頷いた。


「……そうですね、ありがとうございます。先生も、お気をつけて」


軽く手を振って店の裏手に回る安藤を見送っていた光の元に、永倉と藤堂がからかうような笑みを浮かべてやってきた。


「流石、”先生”は余裕か」

「俺だって”魁先生”だ! 負けねえぞ」


光は口元を少し緩めた。


流石、この人達は気負っていない。
光がこの人たちを補う必要などらないのかもしれない。彼らは、誰か何かを失敗すれば補ってくれるだろう。
そして、それは光も同じことだ。


そう、”助け合い”だ。当たり前のことではないか、とはっとする。


”歴史では”などと考えるから判断が鈍ってしまうのだ。安藤にも告げたように、いつものように決められたことをやるのみである。
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