なつものがたり



果歩の唇についたチョコレートを見つめながら、
このまま、この腕の中に抱きしめたいと思った。

そして、キスがしたい、と。







だけど、そんなの許されない。






お前には “彼氏”が、いるんだろ?





今まで、一番近くにあったと信じていた果歩の存在が、遠くに感じる。








“ 彼氏作れよ、” そう言い放った過去の俺の余裕がムカつく。






俺と果歩が出会ってから、果歩に彼氏がいたことはなかった。



だから、当たり前に男友達のように振舞っていたけど、

ここにいるのはもう俺の知らない “ 誰か ” の果歩。












「こちらこそ、ごめん。
思いっきり、ビビっちゃって。

だいぶ落ち着いた!ありがと!」






突然の果歩の声に焦る。



どう、接すればいい?



どう、接してた?







「どした?

希鷹、顔色悪い。」




「んいや、なんでもねえよ。



飲み直すか!」






俺、うまく笑えてるのか?


言動が不自然になってしまった気がして、落ち着かない。






こんな気持ち…、冗談じゃない。





今まで何人の女と遊んでも、感じなかった息苦しさ。







「よし、じゃあ、


あたしらの友情に乾杯っ」






「…かんぱいっ」






カチッ、という缶チューハイのぶつかる音がやけにさみしげに響いた。




< 58 / 92 >

この作品をシェア

pagetop