君の知らない空


「よし、場所変えよう」

「やっぱ、もうこの辺にはいないのかもな、擦りもしないし」


と、二人は席を立った。


そちらに耳だけ傾けたまま、私はサンドイッチにかぶりついた。パンに挟んだ玉子がズレて、マヨネーズが皿にぼたりと落ちる。さらに口の端から零れ落ちそうになるのを受け止めようと、前に乗り出したらトレイに腕が当たった。


去ろうとした男の一人が私を見下ろして笑ってるのが、視界に入ってくる。恥ずかしくて余計にバタバタしたら、マヨネーズが口の端から伝い落ちた。もう最悪だ。


冷めたコーヒーを一気に飲んで、おかわりを注文するために席を立つ。ついでに何か甘いモノでも頼もうかな……とさんざん悩んだけど、結局買うのをやめた。


席に戻ると、何か様子が違うように感じられる。サンドイッチを平らげた後の汚れたお皿、手と口を拭いたナフキンがくるくると丸まってトレイの隅に置いてある。


席を立つ前と何も変わってないようだが、ひとつだけ見つけた。ちょうど座った目の前、トレイの下から紙が覗いている。ナフキンの色とは違う、くすんだ色。


こんなところに紙なんてあったかな?と引っ張り出してみたら、何か書いてある。


『足は大丈夫? 痛むなら、安静にしないと治らないよ』


読んだ瞬間、胸が大きく震えた。決して綺麗な字とは言えないけど、さらりと書いたような印象。誰なのか心当たりのない字だけど、その言葉が告げていた。


すぐに周りを探したが、誰もが知らぬ顔で談笑している。その中に彼らしき姿はない。胸が一気にざわめき始める。


いつ、こんなモノを置いたのだろう。


再び紙へと視線を落とした私は、ようやく違和感を覚えた。隣にいた人がいない。二人組の男性ではなく、反対側の隣で本を読みながら寝ていた男性だ。



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