君の知らない空


出社した私を待ち構えていたかのように、優美が忙しく駆け寄ってきた。ひと目で私の変化に気づいて、目を丸くしてやって来る。


「橙子、おはよ、松葉杖使わなくてもよくなったんだね、まだ歩きにくそうだけど大丈夫?」

「うん、歩きにくいけど大丈夫だよ。アレがあった方が邪魔だったしね」

「無理したらダメだよ」

改めて身軽になった喜びを実感できる。優美の優しい笑顔が嬉しい。
でもすぐに、優美がきゅっと唇を噛んで顔を近づけてきたから身構えた。また何か、ややこしいことに違いない。聞き漏らさないようにと、神経を集中させる。


「あのさ、駅前の火事のニュース観た? その事でオバチャンたちが騒いでるから気をつけなよ」

「何で? オバチャンが? 」

正直驚いた。ニュースや新聞で公になっていない火事の詳細を、オバチャンが知っているはずないと思っていたから。

「美香が彼氏と一緒に、あのビルに入るところを見ちゃったんだって。あの子も災難だけど、バカよね……金曜日の夜、あんな所にいるからだよ」

そういうことか、また美香はオバチャンに見られたんだ……運が悪い。

「オバチャンはどうしてそんな所にいたの? いつも定時ダッシュで、まっすぐ帰宅のはずなのに?」

「課長に食事に誘われたとしか言ってなかったけど、きっと課長は美香のことで注意しようとしたんだと思うよ」

「まさか、あの火事のあった居酒屋に行ってたの? 」

と尋ねると、優美はにやりと口角を上げた。返事を聞くまでもない。

「そう、あの居酒屋に行ったらしいよ。だから余計に大騒ぎしてるのよ、橙子も聞かされると思うよ。あ、私から聞いたことは内緒にしといてね」

事務所の一角で、オバチャンがおじ様方と楽しげに話しているのが見える。おそらく会話の内容は、火事のことだろう。



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