君の知らない空
「先週の金曜日、駅前の居酒屋のビルで火事があったでしょう? あのビルに、あなたの彼氏の会社の事務所があったことも分かっているのよ。あの火事も、あなた達の仕業?」
山本さんが一人で話している。野口さんの声が聞こえないのは、山本さんにすべて任せているからだろう。
「あの、彼氏じゃなくて兄なんです。そんな火事のことなんて、私は知りません」
「彼氏でも兄でも、どっちでもいいわ。聞いたところでは、ややこしい会社を経営してるらしいじゃない。何かマズイものでも置いてたから、証拠隠滅のために火をつけたんじゃないの?」
明らかに狼狽える美香を責める山本さんの顔が、ここからでも想像できるから余計に怖さが増していく。
「兄は、何にもやましい事なんてしてません。火事は居酒屋の不始末だって言ってました。兄の方が被害者なんです。どうして、そんなことを……」
「十分やましい事をしているじゃない、現にこの会社を乗っ取ろうと企んでいるんだから」
「違います、兄は乗っ取りなんてしません。何を根拠にそんな事を言うんですか?」
「江藤君が襲われた件でね、あなたの事を不審に思った人が、いろいろと調べてくれたのよ。正直に話しなさい」
ぴしゃりと力強い口調とともに、会議室が静寂に包まれる。私と江藤は顔を見合わせて、ピクリとも動くことができない。
暫しの沈黙の後、美香が口を開いた。
「私は本当に何も知りません。会社を乗っ取ろうなんて、全く考えてもいません。信じてください」
一息に告げた美香の声が、震えている。
私は我慢できずに、立ち上がろうと椅子の肘掛けに手を置いた。その手を江藤が引き止める。壁に耳を傾けたまま無言で私を見る目が、行くなと言ってる。