君の知らない空


並んだ自転車の陰に潜んだ私たちの背後には先輩。街灯の届かない暗がりの中、上手く先輩を隠したし、隠れることができたと思う。


既に先輩の携帯電話の音は消えて、誰かと会話する桂一の声と足音が大きくなっていく。それにつられて、私の胸の鼓動も大きく速くなる。


私に覆い被さるように座った彼の頭の天辺の髪が、高架下の街灯の薄明かりを受けて揺らめいた。隠そうと伸ばした手が薄明かりに浮かび上がる。


桂一に見つかるかもしれない。


足音はすぐ近くまで迫ってる。今さら下手に動いても見つかるだけ……


私は、彼の首に手を回した。
襟足に触れた手で、そっと彼を抱き寄せる。傷に触れないように気をつけながら。


苦しげに息を吐いた彼が身を委ねるように、私の腰に回した手に力を込めた。彼の手が、私の頭を支えてくれる。促されるように、私は彼の胸に顔を埋めた。


私たちは強く抱き合った。彼の温もりが、私の鼓動を包み込んでいる。


桂一の声が通り過ぎていった。


それでもまだ、私たちは息を殺して抱き合っている。彼が私を強く抱いたままでいてくれるのは、私が手を緩めないからかもしれない。


彼と離れるのが怖いと思った。
万が一、桂一が振り返るかもしれないという理由だけじゃない。桂一が戻ってくるかもしれないという危機感もあるけど、それも違う。


彼と離れたくなかった。手を離したら、また会えなくなりそうで。


「もう、大丈夫」


彼が耳元で囁く。離してくれと言いたいのかもしれない。


「はなさないで」


と言ったら、彼は私の頬にそっとキスをしてくれた。ぎゅっと胸が押し潰されるような感覚。


堪らず、彼にしがみついた。


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