君の知らない空


「行かないで」


急に涙が溢れ出す。縋りついた手を離すことなんてできない。


「行かない、ここにいる」

「うそ……」

「本当だよ、手を離して、彼らが戻ってくる」


優しい声が、じんと沁みてく。
ますます離したくなくなって回した手に力を込めたら、彼が小さく呻き声を漏らして顔を歪めた。怪我をしてるのは腕だけではないの?


「ごめんなさい」

「大丈夫、気にしないで」


慌てて手を離したら、彼が努めて笑顔を見せてくれる。その顔が愛おしくて、私は顔を寄せて唇を重ねた。


私が何をするのか、きっと彼は分かっていたのだろう。


私を抱き寄せて、髪を優しく撫でつけてくれる。交わる唇から注がれてくる彼の温もりが、身体中を巡ってく。


さっきまでの恐怖とは、全く無縁な環境に瞬時に移動したような錯覚。ここがどこなのか、分からなくなりそうなほど蕩けてしまいそうになる。


もう涙は流れない。
惜しみながらも唇が離れてく。


「お願い、連れていって」


目が合った瞬間、彼に縋った。
彼は答えない。


高架下の車道を猛スピードで走り抜けていく車の音が、足元から響いてくる。一気に現実に呼び戻されてく。


「行こうか」


彼が私の手を握り締めた。
強く握り返すと、彼は私に手を添えてふらりと立ち上がる。


もう引き返せない……


私たちは肩を寄せて、歩き始めた。


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