君の知らない空



息を止めて見上げたら、黒いニット帽を被った険しい顔をした男性。感情を表に出さない冷ややかな目と口元のホクロが、周さんだと教えてくれてる。


見知った顔に少しだけ緊張は解れたけど、まだ胸はドキドキしたまま。


「振り向くなよ、黙ってついて来い」


低い声で告げた周さんは、私の肩を抱いて歩き出す。予想外に体を密着させるのは、カップルを装うためだろうか。


しかし周さんの歩くのが速すぎて、ついて行くのが精一杯だ。まどろっこしくなってきたのか、周さんは肩に回していた腕を腰へと移して支えながら歩いてくれる。


後ろから足音が近づいてくる。改札口にいた二人が追いかけてきたと気づいて急いだら、余計に足がもつれそうになってくる。


「ちゃんと歩け、あの車だ」


駅から少し離れた場所に停まってるのは、亮の言ったとおり白い軽自動車。


周さんは助手席に私を座らせてドアを閉め、車の後ろに回って運転席に向かう。ミラー越しに見える周さんは、悠々と歩いてる。急がないと男性らが来るというのに。


思ったとおり、運転席のドアに手を伸ばした周さんを追いかけてきた二人の男性が両脇に挟んだ。


話し掛けられてるのに、周さんに答える様子はない。私から見えているのは、緩やかな弧を描く周さんの口元だけ。


やがて話し声は怒声に変わり、二人が両側から周さんの腕を掴んだ。


危ない!
とっさに運転席へと身を乗り出した私の目に映ったのは、周さんの顔。焦るどころか凍りつくような目をして、口元には笑みを浮かべてる。


あっという間だった。
身を翻した周さんの腕から、二人が離れてく。吹き飛んだようにも見えた。体勢を崩した二人に歩み寄る周さんの背中が見えた後は、車の陰に隠れてわからなくなった。


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