君の知らない空



「妹と話をしに行ってくる。逃げようなんて考えるなよ」


と言い残し、先輩は部屋を出て行った。
早く美香に知らせなくては……と部屋を見回す。


床に横たわる綾瀬は、まだ目を覚まさない。両手足を縛られているが、服装に乱れはなく顔に傷もないから暴行された訳ではなさそうだ。


息はある。
眠らされているのだろうかと覗き込んだ顔は、男の人にしては綺麗な顔立ち。美香に似ているのかな……と思っていたら、ふと気づいた。


綾瀬は後ろ手に縛られてるけど、私は両手を前にして縛られている。これはチャンスかも。


部屋の隅に放り出された私のバッグへとにじり寄り、縛られた手で携帯電話を探した。結束バンドが手首に食い込んで痛いけど、気にしてはいられない。


バッグの中から携帯電話を取り出して、頼りない手つきで発信する。美香の携帯電話に。


何度コールを数えただろう。出ないかもしれないと諦めかけた時、ようやく繋がった。


「美香ちゃん? 今どこに居る?」

「橙子さん? どうしたんですか?」


外にいる見張りの男性らに気づかれないようにと、声を押し殺しながらも私の声は震えていたのかもしれない。ただならぬ事態を察したのか、答える美香の声にも焦りが感じられた。


不安ばかり煽ってはいけない、できるだけ落ち着いて伝えなければと息を吐く。


「今どこにいるの? あのね、お兄さんが捕まってるの、次は美香ちゃんを捕まえに行くって言ってるから、どこか安全な所に隠れて、早く」

「ええっ、兄が? そんな……どうして……」


動揺する美香に呼応する声が、電話の向こう側から聴こえた。それは、確かに聴き覚えのある男性の声。


「美香ちゃん、誰か一緒にいるの?」


薄々わかっていたけど、尋ねた。確信を得たかったから。


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