君の知らない空



「江藤さんです。一緒に食事してて……兄は無事なんですか? どこに居るんですか?」


美香が口にした名前を聞いて安心した。ひとりじゃなくて、江藤と一緒でよかったと。江藤なら事情をわかってくれるはず、きっと美香を守ってくれる。


「お兄さんは眠っているけど、無事だから安心して。ここは夕霧駅前の商店街のアパート、だけど美香ちゃんは絶対に来ないで」


ゆっくりと息を整えながら話した。これ以上、美香を動揺させないように。


「でも、橙子さんは? 大丈夫なんですか? 私、助けに行きます」

「ダメ、お兄さんの部下が、美香ちゃんとお父さんを狙っているから、どこか安全な所で隠れていて」


答えはないけど、電話の向こうで美香がためらっている様子が感じられる。


私だって怖い。
でも、美香にまで危険な目に遭わせる訳にはいかないんだ。


「橙子さん、わかりました。私は行きませんが、助けに向かわせます」


と答えた美香は、何かを決意したような強い口調。それは、亮に連絡するということに違いない。


玄関の外には、さっきの大柄な男性らが待ち構えている。きっと周辺にも、亮が来るのを見張っているはずだ。
だから、絶対に来てはいけない。


「お願い、来ないで。もし亮と……小川さんと連絡が取れるなら、来てはいけないと伝えて。彼らは小川さんも捕まえるつもりだから」


言い終えたら、急に胸が苦しくなった。本当は今すぐ、亮に助けに来てほしい。あの時のように。


「伝えます、でも絶対に、橙子さんに危害を加えるようなことはさせませんから」


しばらく口を噤んだ後、美香は言い切った。


「ありがとう、美香ちゃんも気をつけて。江藤にもよろしく伝えて」


江藤との約束、果たせなくなるかも……と思いながら電話を切った。


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