愛し

-Ⅱ-

―――なんであいつがいるの?

石段近くの木の陰に真白はいた。

実は待ち合わせ時刻よりも前に着いていたのだが、真白よりも早くその場にいた陽平の浮かれ加減と自分の今の服装から、『とても楽しみにしていました』という風に見られるのではないかと思い、咄嗟に隠れてしまったのだ。

そんな真白を知ってか知らずか、通り過ぎゆく人達から送られる視線は突き刺さるほどで。

黒地に薄紫色の花と白い蝶々が舞う浴衣を身に纏い、白い花の髪飾りを着けている真白の美しさは、その場にいるだけで人目を惹いてしまうのだ。また、いつもと変わらず左目に掛けられている真っ赤な眼帯が妙に浴衣に馴染み、妖艶な雰囲気を醸し出していることも理由のひとつかもしれない。

昨夜、結衣からの電話で「一緒に浴衣を着て行こう」と言われたのだが、面倒だから嫌だと断った。しかし、それを盗み聞きしていた母親に無理矢理着付けられたのだ。おかげで家を出る時には既に機嫌は最悪だった。

極めつけは道行く人々が真白を見ては口にする、「お人形さんみたいで可愛い」という言葉。どこかで学んできたのかと思うほど揃った口調に嫌気が差す。

…そんなの褒め言葉でもなんでもないじゃない。

黒く渦巻いたものが心に広がり出した時、一昨日会った『篠田遼』という男が頭に浮かんだ。

馬鹿男二号のくせに、少し面白そうな奴だったかな……。

またコンビニに行けば会えるのかもしれないけど、別に会いたいわけじゃないし。それよりも今日は結衣の好きな男の顔を拝んでやらなくては。そう思って重い足を引きずるように歩いた。

それなのに、陽平の次に待ち合わせ場所に姿を現した人物はまさかの遼で。

偶然かと思いながら様子を窺っていれば、そこに合流する私服姿の結衣。遼が立ち去らないところからして、陽平が連れてくる友達というのが遼のことなのだろう。

結衣がなんで私服なのかとか、自分だけ浴衣なんて気合い入ってるみたいで嫌だとか。思うところはいくつもあったけれど、目だけは自然と遼を追っていた。



―――あいつが、結衣の好きな人、なんだ。
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