Secret Lover's Night 【連載版】
「吉村…さん?」
『あぁ、すんません。そうなんですわ。風呂場でバッサーと切りましてね』
「え…っ」
『俺が仕事から帰ったら、風呂場でちー坊が美奈に抱かれながら座ってました。そりゃもう…可哀相でした』

あれから何年経っただろうか。今でも鮮明に思い出せるあの光景は、吉村の胸の奥を酷く痛めた。

『ケガして血ぃ見るとあかんのですわ。どうも思い出すみたいで。ご迷惑かけてすんませんでした』

震える吉村の声に、晴人はかける言葉が見当たらなかった。やはり訊くんじゃなかった。そう後悔しても遅い。

『なるべくはよう帰るようにしますんで、弟さんによろしゅう伝えてください』
「あぁ…はい」
『ほな』
「あっ…あの…」

そうそうに通話を終わらせようとする吉村を、晴人が呼び止める。


死んだ女の忘れ形見なんです。


そう言った時の吉村の表情を思い出し、晴人は言葉を呑み込んだ。

「いや、いいです。俺、明日の朝一であっち行きますんで、心配せんといてください」
『お仕事大丈夫なんでっか?』
「何とかします。吉村さんが戻るまで、一緒に居ます」
『ほんなら安心ですわ。よろしゅう頼みます』

律儀な吉村が、電話口で頭を下げているのがよくわかる。それに「はい」と短く返事をし、晴人は重い気分と一緒に切断ボタンを押した。


あまりに晴人が影を背負って向かってくるものだから、様子が気になって抜け出してきたメーシーも声をかけることを躊躇った。

「あっ…」

突然しゃがみ込んだ晴人に、小さく声を上げたメーシー。普段ならば、声を上げなくとも晴人は気配に気付く。それなのに、今の晴人はメーシーの気配に気付くどころかしゃがみ込んで顔を伏せたままで。もしかして…と、そっと歩み寄ったメーシーは、ポンッと晴人の肩を叩いて顔を覗き込んで驚いた。

「王子?」

顔を伏せたままの晴人の肩は、小刻みに震えていて。これは珍しい…と、たった一度だけ晴人の涙を見たあの日を思い出す。

「ホント…姫のこととなると鬼畜も台無しだね」

あははっ。と、笑っている場合ではないことはよくわかっているのだけれど。

「何か…羨ましいな、そうゆうの」

くしゃりと晴人の頭を撫で、メーシーはマリや恵介の待つ部屋へと戻った。
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