Secret Lover's Night 【連載版】

 それぞれの想い

ホテルのラウンジでタバコを吹かしながら、晴人は窓から見える満天の星空を見上げた。

上京して8年。星の見えない夜空を見上げるのには慣れたはずだった。


「こんなんも…知らんのかな」


北海道が今はもう冬の始まりを感じさせるくらい気温が低いことも、こんなに見事な星空を見ることが出来るということも、おそらく千彩は知らない。

窮屈な世界で、大人ばかりの中閉じ込められてきた千彩。閉鎖的な世界で育ってきた人間は、精神的に早熟であるか未熟であるかのどちらかで。千彩が明らかに後者だということは、深く考えずとも出会ってすぐに判断出来た。

千彩を「拾って」一週間、仕事が忙しいなりに随分と千彩のために時間を割いた。まるで幼い子供の相手をしているような時間も、晴人には自分自身を変えるための大切な時間だった。

何が変わって、何が変わっていないのか。もしかしたら、根本から全て変わってしまったかもしれない。それに少しの不安はあるけれど、不思議とそれが嫌だとは思わなかった。

ましてや、出会ったことを後悔したことなど、離れて過ごす時間が多い今でも思ったことは一度も無い。


「何やろなぁ…どないしたったらええんやろ」


空を見上げて吐き出した言葉が、まるで降り注ぐ矢の如く頭や胸の奥を痛ませる。開きかけた携帯を閉じ、晴人はそのままゆっくりと目を閉じた。

幼い頃、学校から帰った自分を迎えてくれたのは、決まって祖母だった。その頃は父も母も仕事で忙しく、祖母も夕食を作ったら自分の家へと帰ってしまうため、夕食はいつも姉と弟と自分の三人で済ませた。三つ上の姉は誰に対してもハッキリと物を言うキツい性分で、三つ下の弟はやんちゃなワガママ坊主。そんな二人に挟まれ、何とか両親に手をかけさせないように…と気遣いながら過ごした幼少時代。

勉強もスポーツも、姉弟の中で一番よく出来た。元々器用だったこともあるけれど、家事も嫌な顔一つせず進んで手伝った。高校卒業後の進路は、そんな晴人が初めて自ら申し出た自分の希望だった。

「俺…ええ暮らししてたんやな」

短くなったタバコを灰皿に押し付け、晴人は再び視線を床へと戻す。途端にポタリ、ポタリと落ちる涙に、情けなくて口元を手で覆い隠した時だった。


「どしたー?グルーミー晴人」


あははっと笑いながら無理やりに体を揺さぶる恵介は、自分の弱い部分をよく知る友人で。ズッと鼻を啜りながら、晴人は口元を押さえていた手で涙を拭った。
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