Secret Lover's Night 【連載版】
しっかりとブーツを履いて実家を後にし、晴人は澄んだ秋の空を見上げた。


千彩と出会ったのは、まだ梅雨の明けない頃だった。

ずぶ濡れになった千彩を部屋に連れ帰り、風呂に入れ、「イヤ!嫌い!」と泣き喚く千彩に約束した。俺がお前を守ったるから、と。

そんな約束、全然守れていないじゃないか。と、晴人は悔しさを噛み締める。無性に恵介の声が聞きたくなった。


『おー。ちーちゃんどないや?ちゃんとプリン持って行ったかー?』


電話の向こうから聞こえてくる声は、いつもの明るい声。お前が行くなら大丈夫。と、本当は自分と同じくらい千彩を心配しているはずなのに任せてくれた、心優しき友人の声。


「けい…すけ…」


突然自分の名を呼んで泣き出した晴人に、電話の向こう、未だ北の地に居る恵介はただ事じゃないと悟った。

『また泣いてんのか。ちーちゃんの泣き虫が移ったんちゃうかー?』

それでもやはり…いや、それだからこそ恵介は明るく振る舞う。そして、いつもの言葉を贈った。


『心配すんな。何とかなるってー』


公園のベンチに腰掛けて俯く晴人は、それに答えることすら出来なくて。グッと歯を食い縛り、ただただ恵介の言葉を聞くしか出来なかった。

『俺らもうちょいしたら東京帰るから、お前も帰ってこいや。今日は久々に、メーシーと三人で飲み明かそうぜー』

電話の向こうでは、メーシーがにっこりと笑って頷き、マリがさぞ不満げにしていることだろう。読めるのに、言葉が出ない。智人の言葉が、深く胸の奥に突き刺さっていた。


「ちぃに俺がおらんとあかんのやなくて、俺にちぃがおらんとあかんのや。俺、三十路手前やで。情けないわぁ、ほんま」


吐き出した言葉をただ笑って受け止めてくれた恵介との電話を切り、晴人は再び空を見上げる。昨日まで居た北の地に比べれば、こちらは少し気温が高い。けれど、もうすっかり秋だ。

そんなことを思いながら立ち上がった晴人が居た公園は、千彩が家を抜け出して語らぬ友達とブランコに乗っていた公園だった。
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