Secret Lover's Night 【連載版】
「おはよー。おかえり」
「おぉ。留守番ご苦労やったな」
「ほんまご苦労やったで。疲れたわ」

ソファに身を沈めてぐたっと項垂れる智人の頭をよしよしと撫で、母は少し汚れたエプロンを着けてキッチンに立った。

「お姉ちゃん来てくれたん?」
「いや、お姉には電話してない」
「ほんなら、智人がご飯作ったん?」
「おぉ。俺と千彩で作った。悠真はおっても役に立たんかったわ。料理に関しては」

最後の一言、「料理に関しては」という部分に引っ掛かりを感じ、両親は顔を見合わせる。他に何かあったのか?と。

それに気付いた智人が、サイドボードの引き出しにしまっていた二つ折りの紙を差し出した。

「千彩が大変やったんや。俺事情わからんし、一回お兄がこっち来た」
「晴人が?」
「まぁでも…すぐ帰ってもろたけど」

まず晴人にも見せた医師からの手紙に目を通したのは、一家の長である父で。終始無言で最後まで目を通し、一息ついてそれを母に手渡した。

「事情説明してから行ってや」
「そんな時間無かったやろ」
「あとから電話くれても良かったやん」
「まぁ、せやな」

吉村とよく酒を酌み交わす父は、晴人よりも千彩の生い立ちをよく知っている。

吉村と千彩との出会い、三人での生活、千彩の母親との別れ。その全てを涙ながらに語る吉村に釣られ、何度か涙したこともある。

けれど、千彩の精神状態がここまで不安定だったとは、父はおろかここに居る間ずっと傍についているはずの母さえも把握していなかった。

「薬、そこに出してるやつ。一日三回と寝る前。それで昨日はだいぶ落ち着いてた」
「…そう。大変やったね。ごめんね?智人」
「別にええよ。そんで…」

ガシガシと頭を掻きながら、智人は両親を見上げた。困惑したような、不安げな表情。悠真もそうだったから、自分もそんな表情をしていたかもしれない。

だったら、千彩を不安にさせてしまった。そう思い、智人はガシガシと後頭部を掻きながらふぅっと深いため息を吐いた。

「そんで?」
「あぁ…そんで、お兄には暫く来るな言うた」
「え?ちーちゃんがこんな状態やのに?」

智人の決意を知らない両親が驚くのは当然で。声を上げた母とは違い黙ったままの父だったけれど、驚きは隠せない。
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