Secret Lover's Night 【連載版】
「はる、ご機嫌悪くない?」
「大丈夫。悪くないで」
「いや、悪い。だから早く理由を教えたれ」
「うん。あのね」

一度そこで言葉を切り、箸を置いて千彩は大きく息を吸い込んだ。大丈夫、大丈夫。と声に出さずに自分に言い聞かせてチラリと隣の智人を見上げると、優しく頭を撫でてくれた。

「大丈夫や。ちゃんと自分で言え」
「うん」

一度キュッと瞼を閉じ胸の上に両手を置くと、千彩はゆっくりと瞼を持ち上げて真っ直ぐに晴人を見た。

「あのね、ちさ病院行ってる」
「おぉ。調子が悪いんやろ?」
「うん。だからね、あの…」

いつもは優しい晴人の顔が、今日はとても冷たく見える。それでも千彩は、自分の思いをどうにか伝えようとふぅっと息を吐き出して言葉を続けた。

「ともととね、約束した」
「約束?」
「ちさ、元気になるように頑張る」
「ちぃ…」
「元気にならないと、はると一緒に幸せ守れないから」

そこまで言い切り、再び大きくふぅっと息を吐いた千彩。きちんと思いを伝えられたという安堵感と、それでも笑ってくれない晴人に対しての不安。二つが入り混じってどうしていいかわからない千彩は、助けを求めるように智人を窺い見た。

「大丈夫や。わかってくれる」
「うん。あのね、はる。一緒に帰りたくないんじゃなくて、あの…」

何とかわかってもらおうと言葉を探すのだけれど、千彩のボキャブラリーは少ない。知っている言葉を頭の中で繋げてみても、何だかどれもダメなような気がして。うーんと考え込む千彩に、黙ってその様子を見つめていた晴人が漸く笑顔を向けた。

「わかった。ちゃんと誕生日までに治すんやぞ。一緒に幸せ守るんやろ?」
「う…うん!」
「皆心配してるからな。薬飲まんでええように頑張ろうな」
「うん!」

にっこりと笑ってくれる晴人は、自分の思いを妥協でも諦めでもなく真っ直ぐに受け止めてくれる。もう大丈夫。もう話せる。と、千彩はまた一歩前に進めた気がした。

「ともとっ!ちさ、ちゃんと言えた!」
「おぉ。よぉやった。明日病院行って先生に報告してこい」
「ともとは?」
「俺は悠真と出かけるから、晴人と行ってこい」
「練習?」
「おぉ。晴人が帰るまでには戻る」

この一ヶ月、ずっと千彩を連れていたものだから思うように練習に集中出来なかった。晴人が居る時くらいいいだろう。と、子守りを辞退した智人。千彩に対する想いは、既に湯船に浸かりながら溶かし出してきた。

「病院行ったら、はると遊んでもいい?」
「ええけど、ちゃんと薬飲んでから行くんやぞ」
「うん!」
「ほな、一緒にご飯作ろか」
「やったー!」

千彩のあまりの喜びぶりに、智人も思わず頬が緩む。

そんなやり取りを見ていた母は、あとは兄弟間だけの問題か…と、まだ更けない夜を確認するように時計を見上げた。
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