Secret Lover's Night 【連載版】
「俺の女に手ぇ出すな」
「…ロリコン」
「何やと?もっぺん言うてみぃ」

いがみ合う兄弟に、朝食の準備を終えてキッチンから出てきた母も、洗顔を終えてリビングに入って来た悠真も、「また始まった…」と苦笑いを零す。

「甘やかし過ぎなんや」
「甘やかしとるんちゃう。可愛がっとるんや」
「一緒や」

お互いの頬を抓りながら、29歳と26歳のいい大人の兄弟がいがみ合う。やれやれ…と肩を竦める母と悠真は、その姿に今にも噴き出しそうなくらいで。けれど、着替えを終えて戻ってきた千彩は違った。


「ケンカしたらダメ!」


二人の間に割って入り両手を腰に当てた千彩は、ぶぅっと頬を大きく膨らませて二人を交互に見上げた。それに慌てた晴人が先に手を離し、頬に残る鈍い痛みに眉根を寄せた智人も大人しく手を引いた。


「ケンカしたら、ちさ怒るから!」


つい昨日までは不穏な空気を感じ取るだけで不安定になっていた千彩が、今朝はこうして不安定になることもなく仲裁に入る。その変化に一番驚いたのは、随分と年上の恋人である晴人だった。

「ちぃ、大丈夫か?」
「え?うん。ちさ何ともないよ」
「そっか。そっかー!」

ギュッと千彩を抱き締め、晴人は今にも泣き出しそうな顔で頬を寄せた。

「あーあ。カッコ悪っ」
「まぁそう言うたりなって。ちーちゃんは、にーちゃんの最愛の恋人なんやから」

口ではそう言う智人も、表情はとても柔らかで。喜ぶ晴人と、何が何だか…?と戸惑う千彩。そんな二人の姿を見て、俯き加減で顔を綻ばせた。

「この調子やったら、予定通り来週にはお家に戻れそうやね。寂しくなるわ」
「またすぐ来るやろ」

寂しいと言いながらも嬉しそう笑う母もまた、千彩の回復を喜んでいて。完全に、とまではいかないけれど、随分と良い方向に持っていくことが出来た。それに一番充実感を感じているのは、他でもない智人だ。

「長い一ヶ月やったわ」
「ご苦労様、智人」
「俺も頑張ったで、おばちゃん」
「はいはい。悠真君もありがとうね」

母に頭を撫でられながら笑う二人を見て、とうとう泣き出した晴人を相手にあたふたしていた千彩が助けを求める声を上げた。

「ともとー!はるが泣いたー!」
「うわっ。泣いとる」
「あーあ。にーちゃんカッコ悪ぅ」
「喧しいわ!」

慌てて袖口で涙を拭きながら反論する晴人に、二人はとうとう笑い声を上げる。その声に反応して、千彩もぷっと噴出した。

「ちぃまで笑うなや」
「あははー。はるカッコ悪い」
「カッコ悪い言うな。喜んでるんやぞ、俺は」

再び千彩をギュッと抱き締め、晴人も思う。長い一ヶ月だった…と。



こうして、千彩と晴人の弟である智人との一ヶ月は、千彩の順調な回復と共に幕を下ろすこととなった。
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