Secret Lover's Night 【連載版】
「ねぇ、今何時?」
「時雨」
「はい。ただいま、18時でございます」
「18…18…ってことは、12引いて…えっと、6時ってこと?」
「はい。さようでございます」
「大変っ!ちさもう帰らないとっ!」

慌て始めた千彩の手を取り、渚は悲しげに微笑む。

「どうしよー。はる絶対心配してる…」
「千彩ちゃん」
「あっ!電話!えっと…あっ…お家に置いてきたんやった。どうしよ…」
「千彩ちゃん」

一人で慌てふためく千彩の肩を両手でしっかりと掴み、渚は椅子に腰かけたまま視線を合わせる。その視線に捕らえられた瞬間、千彩の中には悲しいような、寂しいような、そんな泣き出したくなるような感情が流れ込んで来た。

「なぎさ、どうしたん?悲しいん?」
「千彩ちゃんは優しいね」
「ん?」
「残念だけど、君は帰れない」

にっこりと笑う渚に、千彩は言葉を失う。それは恐ろしいほどに冷たく、美しくて。バッと渚の手を払って一歩ずつ後ずさる千彩の体を、後ろに控えていた時雨が拘束した。

「さぁ、千彩様。お部屋に参りましょう」
「イヤ!ちさお家に帰る!」
「無理だよ。この屋敷からは出られない」

温室に充満する薔薇の香りが、徐々に千彩の頭をぼんやりとさせていく。加えて、口元に何かを当てられて違う匂いが混じってきた。


どうすれば良いか。
どうするべきか。


いつも晴人に頼り切りの千彩には、咄嗟の時の判断が出来ない。またともとに叱られる…そんなことを思いながら目を閉じた千彩の耳に最後に届いたのは、「ごめんね」と小さく謝る渚の細い声だった。
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