Secret Lover's Night 【連載版】
どんどん重さが掛かってくる左肩と、細い指でなぞられる左の内腿。相手が違うだけでこんなにも不快なものなのか…と、無表情のままグラスを傾けた晴人は、どうにか自分の脳に言い聞かせて左側の神経だけを遮断した。

「ねぇ、ハルってば」
「んー?」
「どこか泊まってかない?」
「いーや、やめとく」

食事に行くと言った時でさえ、恵介にやいやいと煩く言われたのだ。流れで飲みに行くことになったと言ってまたやいやい。先に千彩を寝かせておいてくれと頼んでまたやいやい。これで泊まるなどと言えば、やいやいどころでは済まなくなる。そんな面倒なことは御免蒙りたい。

「俺、もう帰ってええ?」
「明日オフなんじゃないの?」
「せやからこんな時間まで付き合うてるんですけどね」

確かに、千彩と出会う前までだったら、この時間帯は酒を飲んでいたか女を抱いていたかだった。けれど、今は違うのだ。

この2年足らずの間に、随分と生活スタイルが変わった。今ではさっさと仕事を終わらせて帰宅し、家でまったりと過ごしている。酒を飲んでいたとしても相手は恵介かメーシーで、場所は決まって自宅のリビングだ。こうして千彩以外の女と過ごす時間など、仕事中以外は無い。

「もう少しだけ。ね?」
「30分前もそない言うてたけどな」
「だって、ハルと一緒に居たいんだもん」

ギュッと胸を押し付けられたとて、それに煽られることはない。それどころか、重さと怠さとその他諸々が左側に掛り、気を抜けば「触んな!」と口に出してしまいそうだった。

「レンちゃん、あのな?」

空になったグラスを置き、漸く左側に視線を落とす。さすがにそろそろ帰りたい。そんな思いを込めて、ゆっくりと言葉を押し出した。

「俺、家で待ってる人がおるんやけど」
「MARIさん?」
「何でやねん。あいつはMEIJIと結婚したやろ」
「MARIさんが産んだ子、ハルの子供なんじゃないの?」
「んなわけないやろ。何言うてんねん」
「でも、皆そう言ってるよ?MEIJIさんカワイソウだねーって」

確かに…確かにマリは、モデル仲間から好かれている女ではなかった。絶対的な女王様として青山事務所に君臨し、3トップを独占し続けてきた。それに関しての妬みは許容範囲内だ。晴人だけならず、メーシーも恵介もそう思っている。

けれど、今の言葉はその許容範囲を軽く超えてしまっているのではないだろうか。メーシーが聞けば、黒いオーラどころで済まされる話ではないことは必至。ブルッと身震いした晴人は、哀れむような目で女を見た。

「よぉそんなこと言うわ。MARIが聞いたら発狂しよんぞ」
「だってMARIさん、ずっとハルにべったりだったし。ハルにしか撮らせなかったじゃん」
「あれは、俺が撮らせてくれって口説いたんです」
「でも、付き合ってたでしょ?今だってよく事務所に来るし」
「付き合うてません。事務所来るんは、買い物のついでや。ああ見えてアイツはMEIJI一筋なんです」

そう。一筋なことに違いは無い。事実を捻じ曲げるつもりも、嘘をつくつもりもない。

ただ、マリの感覚と晴人の感覚に多少ズレがあっただけ話なのだ。今のあの二人見ていると、そう納得するより他、晴人に道は無かった。
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