Secret Lover's Night 【連載版】
悠真の運転する車に乗り込み、目指すは実家。

…のはずだった。

方向が違うことに気付き、それを問おうと晴人は口を開きかける。


「あっ!ともと!」


窓から外を見つめながらご機嫌だった千彩の言葉に遮られ、出かかった言葉を呑み込んで同じく外を見遣る。

「何や…あれ」

目に入ったのは、淡い緑のエプロンをした智人の姿。小さな花束を女性に手渡し、普段そうそうお目にかかることの出来ないだろう満面の笑みで手を振っていた。

「うわっ。キモっ!」

それは、同じ家で育った者としては、実に気色の悪い光景で。家に居る時の智人は、とにかく仏頂面なのだ。ライブでステージに立つ時見せる自信に満ち溢れた笑みとはまた違う、何か愛おしいモノでも見送るような…そんな笑み。それは、千彩を相手にしている時によく見た。

「バイトしてんねん」
「バイト…なぁ」
「あっこな、れいちゃんの店なんやで」

そう言われて目を凝らすと、店内に戻ろうとする智人の肩越しに懐かしい笑顔が見えた。


「れい…こ」


ドクンと鼓動が跳ね、それ以上の言葉が出てこない。徐々に締め付けられていく胸は、もう息も出来ないほどに苦しかった。

「はる?どうしたん?」

心配そうに覗き込む千彩に、何とか言葉を返してやりたい。そうは思えど、グッと唇を噛んで涙を堪えることで精一杯だった。

「はる?はる?」
「だい…じょうぶや」
「どうしたん?苦しい?」
「大丈夫。大丈夫や。悠真、車出せ」

それが、押し出せた言葉の精一杯。ギュッと千彩を腕に抱き、ふぅっと静かに息を吐く。

今更何だ。
もう終わったことだろう?

と、揺らぐ想いに問い掛けるけれど、容易く「そうですね」と返事をしてはしてもらえない。気を許せば溢れそうになる涙も、叫び出しそうになる衝動も、もう何年も前に封印したはずだった。


「あかん…俺…」


珍しく、千彩の前で弱音が零れ出す。極力不安にさせないようにしてきたつもりではいる。どうにも打つ手がなくて、ということはあっても、無意識に、というのは少ない。


「千彩、ゴメン。俺…」


いったい何を言うつもりだろう。震える晴人の声に、ハッと短く息を呑んだのは恵介で。自分が蒔いた種だ。そう思うと、今にも握り潰されそうなくらい胸が痛んだ。
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