Secret Lover's Night 【連載版】
見えなくとも、千彩が不安げな表情を浮かべていることはわかる。けれど、ポロリ、ポロリと零れてしまう言葉は止められなかった。


「俺きっと…今でも玲子が好きや。ゴメン、千彩」


だから別れたい。さすがにそんな気までは起こらない。けれど、それを心の中に留め置くことが出来なかった。

「はっ…晴人っ!」
「にーちゃん!」
「あかん…無理や。ゴメン、千彩」

ギュッと抱き締めた千彩の表情は、晴人には見えない。泣いているかもしれない。そうは思えど、自分の止められない涙を見られたくはなかった。


「ゴメン、千彩。ゴメン」


何度謝罪の言葉を紡いでも、頭に頬を寄せても、千彩は無反応のままで。

確かめたい。
けれど、怖い。

そんな晴人は、卑怯だと知りつつも、震える声で何度も千彩に「ゴメン」と謝ることしか出来なかった。

「えっと…その話は帰ってからにしよか。な?」
「うんうん!車出すでー!」

あまりに予想外の出来事に、恵介も悠真も戸惑うばかりで。何とかしたいのはやまやまなのだけれど、自分達がどんな言葉を掛けたとて、この状態の晴人が聞き分けの良い面を見せてくれるとは到底思えなかった。


「止めて!」


突然発せられた千彩の大声に、悠真が慌ててブレーキを踏む。ガクンッと揺れた上体を戻して後部座席を振り返った恵介は、二人の終わりを見た気がした。

「ちー・・・ちゃん?」
「ちょっとのいて」
「ち・・・さ?」
「邪魔っ!」

自分に抱きついたままの晴人をグイッと押し退け、千彩はドアに手をかける。


「ちーちゃんが・・・」
「キレ・・・た」


口を揃えたのは、恵介と悠真。

勢いよく開かれたドアから飛び出す千彩の背中は、それはそれは堂々たるもので。泣いているかも。震えているかも。そう思っていた男三人は、ポカンと口を開けたままその背中を見送ることしか出来なかった。

「いらっしゃ…え?」
「いらっしゃいました!」
「え?お前こんなとこで・・・」
「もー!邪魔!」
「え?おいっ!」

ムートンブーツの底をキュッキュッと鳴らしながら、じっと前を見据えて店内を進んで行く千彩。まさかこんなところに千彩が現れると思っていなかった智人は、押し退けられた体をカウンターで支えながら、大きな疑問符と共に首を傾げる。

「おねーさん!」
「え?はい?いらっしゃいませ」

自分よりもずっと年上で、ずっと綺麗だ。
でも、負けられない。

困惑の表情を浮かべる玲子を見ながら、千彩は大きく息を吸った。真っ白な店内には、千彩の友人、渚が大好きな薔薇の花が所狭しと飾られていた。


「私は、安西千彩といいます。三木晴人の婚約者です」


真っ赤な薔薇の花を手に、パチパチと目を瞬かせる玲子をじっと見据える千彩。それに慌てたのは、智人だ。

「お前っ!待て!」
「待たへんもん」
「待たへんちゃう!モノには順序ってもんがあるんや!」
「そんなんちさ知らん!」

グッと掴まれた腕を振り払い、数十センチ上の智人を見上げる。


泣くもんか。
絶対負けない。


グッと奥歯を噛み、千彩はトンッと片足でフロアを叩いた。そして、玲子に向き直る。

「おねーさん…れいこさんは、晴人の過去の恋人だったと伺いました」

これは、いつかこんな日が訪れた時のために…と、マリがこっそりと千彩に教え込んだ言葉。マリの教えを思い出すように再びゆっくりと息を吸い、嗅ぎ慣れた薔薇の香りで気分を落ち着かせる。

・・・けれど。
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