Secret Lover's Night 【連載版】

 大人の事情は少女の不安

ぬいぐるみを抱いて、助手席の千彩がコクリ、コクリと船を漕ぐ。

ランチに出たついでに買い与えたそれを、千彩はとても気に入っていて。幼い子供のようにはしゃぎながら、何度もありがとう!と繰り返していた。


「可愛い顔して…ほんま癒しやな」


信号待ちで助手席の座席をゆっくりと倒し、うとうとしている千彩が前のめりにならぬよう配慮する。

気持ち良さそうに眠る千彩の頭を撫で、思わず零れた笑みを誤魔化すように晴人はくしゃりと自分の頭を掻いた。


いや。そんな趣味はない。


誰に語りかけるわけでもなく、出しきれなかった言葉を呑み込む。

ハンドルを握り、二つ、三つと信号を越えて辿り着くのは、お気に入りのマンション。駐車場に車を停め、スヤスヤと寝息を立てる千彩の頬にかかった長い髪を避ける。そして、優しく囁いた。


「ちぃ、家着いたで。帰ろか」


恋や愛と呼ぶには、その想いはまだ色付きが薄くて。けれどもその淡い「何か」が、すっと自然に馴染み、晴人の心を満たしていく。

「帰ろか?」
「…うぅん」

目を閉じたまま身動ぐ千彩の頬に、そっと手を添える。引き込まれるように、唇と唇が惹き合う。

けれど、触れ合う寸前でピタリと動きを止めた。


「あっ…ぶな」


慌てて体を起こし、掻き上げた前髪をくしゃりと掴む。まるで心臓が耳へと移動したかのような、そんな煩い鼓動。それに思わず自嘲の笑いを零した。


「いやいやー。男やねー、俺も」


ドスッと運転席に座り直し、晴人は「はははっ」と誰に聞かせるわけでもない笑い声を洩らした。
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