ドライヴ〜密室の教習車〜
 涙は出そうで、出なかった。

 開ききっていない目で篠さんを見つめる。

 篠さんは、エントランスのベンチに座っている私の横に立って、心配そうに見てくれている。

 決して豊か、とはいえない表情の彼だが、その目元に少しだけ優しさを感じた。

 なんだ。
 そういう表情できるんじゃん。



「大丈夫か?」

「……篠さん」

 我ながら、なんて情けない声なんだろうと思った。

 私の意識とは、関係なく。
 言葉は篠さんの前で溢れ出る。

「文ちゃんは、殺人なんて絶対やってないよ」

 そう言った後、しばらく次の言葉は出なかったが、ようやく、ずっと自分の中で散らばっていたものを集めることができたらしく形になった《それ》を出す前に一度飲み込んだ。

 それは、油断をすれば詰まってしまいそうで、胸に力を込めつつ搾り出す。
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