あおぞらカルテ
西部 菜奈(にしべ なな)さん、16歳、女性。

部活の練習中に突然意識を失い、救急搬送された。

心電図でブルガダ症候群と診断され入院。

既往歴はない。

10年前に父親を亡くしている。

母親の話では、死因は不整脈だったと思う、と。


「西部さん、具合はどうですか?」


大屋先生は出来る限りの笑顔(だと思う)で話しかけた。

当の患者さんはというと、黙り込んだまま、ベッドに座って窓の外を見ていた。

黒髪のショートヘア。

白のTシャツにオレンジのパーカーを羽織っている。

窓際のソファーにはコルクボードが立てかけてあって、写真とか寄せ書きがピンで張り付けてあった。

写真を見ていると、たぶん、陸上部だったんだろう。

ただ、彼女の顔は、写真の中の人物とは別人みたいに凍りついていた。


「…だれ?」


オレを一瞥すると、口を開いた。


「今日から循環器内科で研修医をしている道重です」

「…ふーん、そう」


彼女はまた窓の外に視線をうつした。

沈黙が流れる。


「いつになったら退院させてくれるんですか?」

「手術が終わったら考えましょう」

「…私、手術受けないって言いましたよね?」

「受けないと、いつ突然心臓が止まるか知れないんですよ?」

「それでもいいです」


この雰囲気から察するに、彼女は“やっかいな患者”なのだろう。

医者の立場からすると、提案する治療法をすぐに受け入れてくれる“おまかせ医療”ほど楽なものはない。

だから、治療を拒否したり、文句を言ったりする患者は好まれないのだ。

彼女は典型的な後者。

彼女とはうちとけないまま、大屋先生はまた静かに部屋を出た。
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