杏子の墓(ラジオドラマ)
タイトル未編集

三年ぶりの広島

ボートのオールと波の音が単調に続く。
遠くで烏の声。インド人たちの祈りの声が聞こえる。

(若林のN)「柴山杏子さんお元気ですか?僕若林治は今、
インドのベナレスにいます。ヒンズーの人々は朝早くから沐浴し、
祈りをささげています。ゆったりと流れるガンジス河には、

不思議に人の心を癒す魅力があります。ヒマラヤからの大自然の
懐に抱かれて、母なるガンガでは安らかに死を迎えることができる。
ベナレスはそんな聖地でした」

ボートのオールと波のの音がゆっくりと遠ざかる。
カモメの群れる声。ポンポン船の音。
(駅員)「宮島口、宮島口。宮島行き連絡線乗り換え」

駅の雑踏音。
(若林のN)「三年ぶりか。いい海の香りだ。
少しも変わってないな、牡蠣殻の山」

牡蠣打ちの音。婦人の語らい(広島弁)。
国道の車の音。音遠ざかりきえる。
砂利をふむ足音。玄関を開ける音。

(若林)「ただいま」
奥から足音。
(母)「お帰り治ちゃん。よう元気で帰りんさった。
はよ、あがりんさいや。お風呂わいとるけえ」

奥から父と弟の声。
(父)「よう、お帰り」
(弟)「兄さんお帰り。すぐめしじゃあや」
(若林)「ああ、ただいま」

足音、奥へ。
(父)「ほうか。ドイツで事故ったんか」
足音、声奥へ。

食卓の音。
(父)「ビールじゃビールじゃ」
ビールを注ぐ音。
(弟)「あー、はらへった」
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