泣き顔の白猫
なにも言葉が出なくなった加原の背後で、名波は立ち上がった。
名波は加原の横に立って、袖を引いて立ち上がらせる。
そのまま仄かに明るい方へと引っ張って行って、辿り着いた扉から、外へと出た。
ぬるいはずの風が、妙に冷たく感じる。
名波は扉を閉めると、外から鍵をかけた。
それからきちんと鞄に仕舞うところまで、ぼんやりと何の気なしに見ていた加原へ、振り返る。
目が合った。
久しぶりだ、と思った。
猫のような丸い大きな目が、近づいてくる。
加原は、思わず手を伸ばした。
肩に触れようとした手を避けるように、名波が距離を詰める。
脇腹のあたりに、手が回った。
加原は、伸ばした手を、そのまま降ろした。
名波が、潜り込むように、抱き着いている。
名前を呼ぼうとすると、小さな頭が動いたので、口をつぐんだ。
ぐ、と、名波が背伸びをする。
爪先立ちをして、肩に縋って、首を伸ばして、加原が少し背を屈めて。
小柄な名波はそれでやっと、加原の肩の上に顔を出せた。
頬と頬が寄せられる。
その行動の意味に気付いたのは、「加原さん」と、耳元で名波が囁いたからだった。
「ありがとう。」
「信じるって言ってくれて、嬉しかったです」
「さよなら」