泣き顔の白猫

加原は「ホントですか」と相槌を打ちながら、手帳を取り出す。
開き癖のついたページを捲って、安本の声に注意を傾ける。

「まず一件目な。昨日やっと解剖の結果が来た」

館町には、司法解剖を行う施設がない。
そのためかまたは色々な上の事情があってか、歩道橋から転落した鈴木学の遺体が発見されたのはもう一月近く前だというのに、結果が出るまでにずいぶん時間がかかっていた。

「痣が幾つかあったろ」
「あ……はい、手摺とか自分の足とかにぶつけたんじゃないかって」
「その内の一つ……肩甲骨下辺りについた痣がな、どうやら人の手形なんだよ」
「手ですか?」

言いながら加原は、思わず自分の右手を開いてじっと見る。

手で痣が付くほど人を殴るのは、実は意外と簡単だ。

だが、突き落とすとなると話は変わってくる。
危険な足場でバランスを崩す程度ならば少し押せばいいが、歩道橋には高い柵もあるのに、手で突いたくらいで落下するほどバランスを崩せるのだろうか。

電話越しの安本が、その疑問に答えるように続ける。

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