泣き顔の白猫


「いわゆる掌低だな、手のひらの一部だ」
「手のひら……背中に、ですか」

電話を肩と耳の間で挟んで、右手のひらを触る。

手の付け根あたりの骨が厚くなる部分、格闘技や護身術なんかでは打撃に使う部位だ。
ここなら、強く押すか体重を乗せて勢いをつければ、痣になりそうではある。

確認してから、携帯電話を持ち直した。

誰かが鈴木学と一緒に歩道橋にいたとして、手のひらで強く押したり、勢いをつけて突く意味は、一つしかない。

「歩道橋の上から突き飛ばしたってことですか? なんか、変なシチュエーションですね」

鈴木学が転落したと思われる地点は、歩道橋のちょうど真ん中あたりだった。
靴底や足跡の様子、手摺の指紋などを見る限りでは、鈴木は階段を上ってただ中央まで歩き、うろうろと移動することもなく転落している。

もしこれが偶発的な犯行で、かつ顔見知りによるものだったと仮定するならば、だ。
彼は歩道橋の上で殺意の芽生えたその人物に、脚や脇にいくつも痣ができるような暴行を加えられていたにも関わらず、どちらかの階段へ向かって逃げることをしなかったということになる。

その仮説から顔見知り説を消したところで、話はもっとややこしくなるだけだ。

それらの仮説には、なにかもっと決定的なものが欠けているように思える。
安本も、「ほんとにな」と静かに言った。

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