スミダハイツ~隣人恋愛録~
晴香は『フラワーショップ後藤』の軒先をほうきで掃きながら、6月の風を感じた。
「花屋で働いている」といえば、可愛らしく聞こえるかもしれないが、実際はちょっとした肉体労働だ。
最後に大きな鉢植えを動かし、やっとのことで開店準備を終えて、息をつく。
「店長ー。終わりましたー」
「あら、ご苦労様」
いつもだったら、開店してすぐに、すぐ近くにある総合病院に見舞いに行くための花を買いに来る客が、ちらほら現れるのだが。
今日は珍しく、暇だった。
店長は、通りを一瞥し、
「ねぇ、晴香ちゃん。引っ越しして、少しは落ち着いた?」
「あ、はい。おかげさまで」
晴香は先月、『スミハダイツ』というアパートの、101号室に引っ越したばかりだ。
仕事もしているので、荷ほどきを終えたのはつい先日なのだが。
「隣近所には、ちゃんとご挨拶した? 案外大事よ、そういうの」
「もちろんきちんと全戸ご挨拶しましたが、若い方ばかりで、ちょっと驚きました」
晴香は思い出したように笑う。
「隣の102号室の方は、真面目そうな男性でした。腰が低いっていうか」
晴香は引っ越しの挨拶をした際、引っ越し蕎麦を持参した。
すると、102号室の住人は、「これはこれは、ご丁寧に」と、逆にぺこぺこと晴香に頭を下げたのだ。
悪徳商法の壺とかを、喜んで買っちゃいそうなタイプだった。
「103号室の方は、なんて言えばいいか、すごかったです。ちょっと怖かったっていうか」
「うん?」
「目がちかちかするようなヒョウ柄の服を着た、今時の若い女性で」
区分するならば、ギャルという人種だろう。
晴香が引っ越し蕎麦を渡すと、「うっそー」とか、「マジでー?」とか、なぜか大声でげらげら笑っていた。
あまり会話が成り立たない気がした晴香は、だから早々に逃げたのだ。