スミダハイツ~隣人恋愛録~
「で、私の部屋の上の、201号室の方は、フリーターっぽい印象の男性でした」


ちゃらちゃらした見た目の男の人。

咥え煙草で、値踏みするように上から下まで凝視され、晴香は、引っ越し蕎麦を押し付けて、これまた逃げた。


上の階の住人にだけは、何があっても関わりたくはないと思った。



「変な人ばかりじゃない」


店長は驚いたように言うが、



「いえ、202号室の方は、すごくまともでした。綺麗で知的な女性という印象で」


あれは絶対に、仕事をバリバリしているタイプだ。

だからって、ツンケンしているわけではなく、お姉さんのような人。


性格もすごくよさそうで、「何かあったらいつでも言ってね」と、ほほ笑まれ、晴香はそれをひどく心強く思った。



「203号室は空き部屋らしいので、住人は私を含めて5人ですね」


言った晴香に、店長は肩をすくめて見せ、



「それはいいけど、何も前のアパートから引っ越さなくてもよかったのに」


前途に不安がないわけではないが、それでも今は少しだけ、新しい環境にも慣れ、気持ちも幾分落ち着いた。



「晴香ちゃん、ほんとに大丈夫?」


店長の『大丈夫?』の意味は、わかっている。

未だ、過去のトラウマを背負って逃げまわっているだけの晴香自身のことを、心配されているのだ。



「大丈夫です。2年も前のことですよ。もうあんまり思い出したりしてませんし」

「でも、そんなこと言って、晴香ちゃんが今回引っ越したのは」


店長が言い掛けた時、客が入ってきた。

言葉を止めた店長は、営業スマイルで「いらっしゃいませ」と言った。


晴香も息を吐き、「いらっしゃいませ」と笑顔を作る。

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