スミダハイツ~隣人恋愛録~
ふたりで乾杯した。


麻子はアルコールを喉の奥まで流し込み、今日の自分の働きっぷりをねぎらう。

榊はネギマをつついていた。



「榊くん、最近早いよね」

「ひと段落したしな。来週からはまた忙しくなる予定だけど」


ビールを煽る榊に、麻子は、



「かっこいいよねぇ、デザイナーって。響きが、特に」

「響きだけかよ」

「いやいや、榊くんもすごくかっこいいでーす」

「棒読みじゃねぇか」


共に29歳。

自らの仕事に誇りとやりがいを持っている隣人同士は、いつの間にか酒飲み友達になっていた。



「でもまぁ、響きで言えば、麻子だってそうだろ? 雑誌の編集者様なんだから」

「ただのタウン情報誌だよ。それに、編集部って言っても、うちは大手じゃないからさ。取材に同行したり、ライターさんをせっついたり、営業にまわったり、雑務が山のようにあるんだもん」


それでも麻子は、仕事を嫌だとは思わない。


この街が大好きで、自分が大好きなこの街のいいところを、ひとりでも多くの人に知ってもらいたいと思うからだ。

それに携わっていることに、麻子は喜びさえも感じている。



「雑務なら、俺だって負けてねぇよ。たまに店頭に出て客を見ながら、デザイン画を描いて、実際に生地や色を選んで、とりあえず作ってみて。それから各部署の担当者との打ち合わせを重ねて。でも正直、無茶な要求されてきつい時もあるもんな」


『きつい時もある』というわりには、榊はまんざらでもなさそうだった。

麻子は笑う。



「何だか私たち、苦労自慢してるみたいね」

「だな」


榊も精悍な顔をふっと緩ませた。
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