スミダハイツ~隣人恋愛録~
「『好きな人がいるの』、『その人と付き合ってる』、『子供ができたの』、『結婚するから』、『だからもうカズマとは会わない』」

「………」

「ひどい裏切りだと思った。寂しいから他の男になびいた彼女の気持ちはわからないわけじゃなかった。でも、子供って。結婚って。そんなのありえないだろ」

「………」

「俺はどうにか無理やり日程を調整して、予定より2週間早く日本に帰った。連絡したけど、もちろん彼女は俺を迎えには来なかった。でも、だったら俺から会いに行ってやろうと思った」

「………」

「何かの間違いだと思いたい気持ちもあった。もし仮にそれが全部本当だったとしても、彼女の腹をぶん殴ったら、子供は流産して、何事もなかったみたいになるんじゃないか、って」

「………」

「今考えたら恐ろしいけど、当時の俺は、怒りで頭がおかしくなってたんだと思う。彼女のこと以上に、相手の男は絶対に許してやらないつもりだった」


一気に言った榊は、そこで言葉を止めた。


喉がカラカラに乾いていた。

生唾を飲み込み、それでもどうにか、「でも」と、再び言葉を紡いだ。



「でもさ、そういうのって伝わるのかな。俺が帰国した翌日、彼女は死んだんだ。相手の男と一緒に、車で事故って。腹の子を連れて、永遠に俺が邪魔できない場所に行ってしまったんだ」


榊は震える唇を噛み締めた。



「あれは事故だったんだ。全然関係ない場所で起きた、ただの追突事故だったんだ。そう、何度も何度も自分に言い聞かせようとした。でも、できなかった」

「………」

「俺が呪った所為なんじゃないか。俺から逃げるために彼女は男と死を選んだんじゃないか。そうやって、悪い方にばかり考えてしまって」


顔を覆う。

泣いている自分に気付いたから。



「それからはもう、誰と付き合ってもダメだった。怖かったんだ。また俺が殺してしまうんじゃないか、って。好きになればなるほど、距離を取らなきゃいけないと思った。それが俺のためであり、相手の子のためでもあると思ったから」

「………」

「当然、誰とも長続きはしなかった。そのうち、俺は恋愛をする気になれなくなって。誰かを愛して苦しい思いをするくらいなら、仕事だけをやってる方がいいと思ったから。夢を掴んだんだからいいじゃないか、って、必死で自分に言い聞かせて」
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