平穏な愛の落ち着く場所

4.



ナビに入れた住所の近くにあった
コインパーキングに車を止めて、
崇は大きく息をついた。

千紗に無理をさせたのは自分だから
こうなったのは当然だ。

だが、どうしたらいいんだ?

子供の取り扱い説明書など、読んだことも
なければ、見たことすらないぞ?

マンションに戻るまで、子供とどんな会話
をしたらいいのか、皆目検討もつかない。

仕方がない、考える間もなく
行くと言ったのは自分だ。

『ふんっ、なるようになれだ!』

半分やけくそのような気持ちで崇は
保育園に向かった。

角を曲がって三分も歩かないうちに、
そこはあった。

小ホールのような建物の白い壁に
色彩豊かな優しい動物の絵が描かれている。

白ゆり子供の家と表札がなければ、
絵本か何かの美術館かと思うだろう。

入り口に立つ警備員に、千紗から渡された
保護者証を見せると、予め話が通っていた
のか、そこでは特に聞かれず中へ通された。

玄関まで行くと、紺色の制服のような
スカートにエプロンをつけた、二十代前半
と思われる元気な印象の女性が待っていた。

『さあやちゃんのお迎えの方ですか?』

『はい』

胸のチューリップの形をした名札を見ると
《まり》と書かれている。

『担任の若林です、申し訳ありませんが
 身元を確かめさせて頂きたいのですが?』

崇は胸のポケットから名刺を出して渡した。

加嶋建設 東京本社 専務取締役 加嶋 崇

両手で丁寧に受け取った彼女の瞳が一瞬
驚きで大きくなった。

更に顔写真で確められるよう、財布から
社員証と免許証を出して渡す。

『コピーしてもらうとわかるんですが、
 社員証には偽造防止の細工があります』

『わかりました、これで結構です』

彼女は名刺以外を返すと、少しお待ちくださいと中へ消えていった。

何分も待たずに、奥から少し高齢の
優しそうな女性に手を引かれて
小さな女の子がやってきた。

愛らしい眼が警戒するように、じいっと
俺を見ている。

『お待たせしました』

『こちらこそ、遅くなり申し訳ありません』

『紗綾ちゃんのお母様は大丈夫ですか?』

崇は一瞬何を言われたのかわからず、
返事に詰まってしまった。

『足を捻られたとか?』

園長先生に怪訝そうな顔をされて、
慌てて言う

『二、三日で良くなると思います』

『そうですか。加嶋さん、本来でしたら
 きちんとお手続きしていただかないと
 承知致しかねますが、今回は二階堂様とも お知り合いだとお伺いしましたので
 特例として認めさせて頂きます』

『二階堂?』

『ええ、浩輔君とはご同僚だとか?』

『浩輔?こちらと関係があるのですか?』

『ご存知なかったのですか?
 ここの理事長は二階堂様、浩輔君の
 お母様なんですよ』

『そうでしたか、知りませんでした』

『紗綾ちゃんのお母様には、二度はお受け
 出来ませんので、気を付けてくださるよう
 お伝えくださいね』

『はい』

『さあ、紗綾ちゃん』

繋いでいた小さな手が俺の手に繋がれた。

『えんちょうせんせ、さようなら』

園長先生は膝をついて彼女と視線を合わせ
ニコッと笑った。

『さようなら、また明日ね』


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