ベイビー&ベイビー




 ただ、目の前のさやかは必死だ。

 その様子を見るだけで、さやかが云わんとしていることが俺にとって重要で、重大なことなんだと感じる。 
 
 普段のさやかは、こんなことは言わない。
 どこか掴み難い性格のさやか。
 何かを問えば、二言三言言い返され、気がつけば煙に巻く。
 そういう頭の回転のよさと、頭の良さが際立つさやか。

 そのさやかがなんの策もなく、ストレートに俺に何かを投げかけている。

 それだけで、重大なことなのかもしれない、と俺の中で警鐘が鳴り続いている。

 さやかは真剣な目をして、一言。
 俺に言った。


「拓海くんにとっての幸せってなに?」

「え?」

「それがわからなければ、これから起きる出来事を拓海くんは自分で処理出来ないと思う」

「谷さん、それって」


 俺が、話を遮ってそう聞いたが、さやかは俺の質問など受けつけないとばかりに話を進める。


「近々、拓海くんは何か大切なものをなくす。大切なものって人それぞれだと思う」

「谷さん?」

「名誉なのか、地位なのか、自分なのか、それとも、」

「……」


 言葉をなくして、さやかを見つめ続ける俺に、さやかは酷く諭した瞳で俺を見つめる。
 そう。

 心の奥底まで見透かすような、そんな強い眼差しで。
 さやかは言ったのだ。


「大切な人、なのか」

「谷……さん?」

「それを判断するのは、拓海くん。あなた次第よ?」


 そういって、さやかは俺に向かって指差した。

 どういうこと? と目の前のさやかに問いかけたが、さやかは箸を取ると食事を黙々とし始めた。

 もう、これ以上は言わないとばかりに。

 俺はため息をついて、再び箸をとる。

 一体、さやかは何がいいたかったのだろう。
 俺が大切なものをなくす、とはどういうことなんだろうか。

 大切なもの。

 さやかは、色々挙げていたが、その中で俺の心を乱した言葉がひとつあった。
 だが、俺はそれに気がつかないよう気をそらした。

 さやかが言うには、近々俺にとって何かを判断しなくてはならなくなる出来事が起こるらしい。
 それが何なのか、今の時点では俺にはわからない。

 わかっているのは、目の前のさやかのみだ。
 しかし、さやかはもう、このことについては口を開くことはないだろう。
 
 大切なもの。
 それはなんなのか。

 俺は見極めきれそうにもない……。



< 42 / 89 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop