ベイビー&ベイビー


 金曜日の夜。
 
 いつもなら、真理子と落ち合い、お互い暗黙の了解でホテルで会う。
 それがすでに日常と化している。

 しかしながら、俺はどうもあの夜以来、真理子を抱きたいとは思わなくなっていた。
 真理子だけじゃない、ほかの女にも手を出さずにいる。

 はっきりいって、ここ数年を考えてみても、そんなことなど一度もない。
 真理子に出会う前は、後腐れない女に適当に声をかけ、一夜限りの恋愛ゲームを楽しんでいた。
 しかし、それも面倒になり、真理子と出会ってからはほかの女に声をかけられても、軽く流していた。

 真理子とは、金曜日にホテルの一室で会うといってもやることはさまざまだ。
 体を重ねる日もあれば、ただ酒を酌み交わすだけのこともある。
 お互い、気楽な付き合いをしている。


 だが、この一週間。
 そんな気持ちすら沸いてこないでいる。
 それが、どういうことを意味しているのか。
 俺にはさっぱりわからない。

 が、気分が乗らない。
 俺は昼休みに真理子にメールで今日は逢えないと送ると、すぐさま返信が送られてきた。

 --わかっている。そういうと思ってたーーー

 そんな意味深なメールが真理子から返ってきた。
 なんでもわかっているわ、と言わんばかりの真理子のメール。

 なんだかそれが妙に癪に障る。

 とにかく、急ぐことはない。
 仕事をすべて終わらせて、行き着けのバーにでも久しぶりに顔をだそうか。

 仕事が終わった後の計画を自分の中で決め、再び書類とにらめっこをしていると、課の後輩たちのにぎやかな声が耳に入ってきた。


「ああ、愛しい流し目王子が結婚なんてー」

「どこぞのお嬢さまなんでしょ? この人」

「そうらしいわねぇ。有名茶道家元の一人娘なんですって。きっとこの世界の人なら、この女の人の素性とかもわかるんでしょうねぇ」

「週刊誌には偽名だしねぇ。ああ、でも涼さまが結婚かぁ」

 
 ……有名茶道家家元。
 そのフレーズに何故か胸騒ぎを覚えた。

 有名茶道家家元っていったって、いっぱいいることだろう。
 俺の知っている、それもつい最近知ったばかりの明日香の実家とは限らない。

 限らないが。
 
 俺は気がつくと、その後輩のところに歩み寄っていた。



< 44 / 89 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop